ょしゃ》は絆を引きしめる。谿が鳴り山が響いて風が一過したかと思うと、大雨が襲って来た。止まるべき家もないので、馬車は雨を衝《つ》いてひた走りに走る。晴天つづきの後とて雨具の用意がない。屋根から洩れ、正面から吹き込む。日除《ひよ》けの幕を一面に引廻わして防いでも、吹き込む雨にびしょ濡れに濡れる。
不意に馬車が止ったと思うと、何か連りに話し合う声が聞える。――出抜《だしぬ》けに引廻した幕を開《あ》けて顔を突き出した男がある。見ると八字の髯《ひげ》が第一に目に付く、頭髪が伸びて、太い眉毛の下には大きな眼が凄《すご》く光っている。紺絣《こんがすり》の洗洒《あらいさら》したのが太い筋張った腕にからまっている。ぎょろぎょろと馬車の中の一人一人に目を止めて見たが、別に何と言うでもなく、そのままぐっと幕を引いて下りてしまった。日除けの隙から覗《のぞ》いて見ると、紺絣の下に雪袴といってこの辺の農夫が着けている紺木綿の袴ようなものを穿《は》いて傘をさしている。そして馭者の方へ向ってちょっと手を挙げた。すると馬車はまた動き出した。
「何だろう。」車中の者は話し出した。
「オイ、馬車屋さん、今のは何だえ、出
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