を出抜けると道は既に木曾川の岸を伝って走っている。明日は御嶽へ登るべき身の足の疲労を気遣って藪原から馬車に乗る。馬車は川岸を廻《めぐ》り巡《めぐ》って走るので、川を隔てて緑葉の重々と繁り合っているのを仰ぎ見る心地好さ。
「面白いぞや木曾路の旅は、笠に木の葉が散りかかる。」
これが秋の旅であるならば、夕風に散る木葉の雨の中を、菅笠で辿って行く寂しい味を占め得るのであるが、今は青葉が重り合って、谿々峰々|尽《ことごと》く青葉の吐息に薫《かお》っている。
馬車屋は元気の好い若者で、自分が何匹も馬を持っている事をば、連りに自慢して話して聞かせた。
「何《な》に一呼吸でさあ、五里ばかりの道、この間四時間でやった事がありまさあ。」
と馬の強いのを誇っていた。――午後の日の光は緑葉に輝き、松蝉の声が喧しく聞えている。暫《しばら》くすると白い雲が行くての峰に湧き上った。日影が隠れて、青葉がざわつき出す、川を隔てて前の谿が急に暗くなる、と雷鳴が聞え出して、川の瀬音がこれに響くかと思うと、大粒の雨が灰のような砂塵の上を叩いて落ち出した。馬は※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]き出す、馭者《ぎ
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