る。温泉の直ぐ後方からは乗鞍岳つづきの連山が、ごたごた聳えたっていて、今日越すのは、この連山の間の安房《あぼう》峠というので、これを越して白骨温泉へ出ると、都合二回、――一度は表から裏へ、今度は裏から表へ、日本アルプスを横断した事になるのだ。
一行は身仕度をして直ぐ裏山から登り初めたがなかなか急峻だ。折れ曲り折れ曲りして草深い中を行く、風は涼しいが藪が繁っているので熱苦《あつくる》しい。少し登ると昨日越して来た平湯峠が目にはいる。
ちょっと、曲り角に休んでいると、上の方で「アハハハハハ」と笑い声がするので、ぎょっとして見上げると、昨日の老爺が上の岩角で休んでいた。
「やあ、お早うござんすね。」「お早う。」「随分つろうござんしず。」
と言いながら、先きへ立って登って行く。そして色々な話をして聞かせる。年々この山道で春先き一人や二人死人のない事はないという。そうかも知れない。細い道の一方は深い谿、一方は切立った砂山で、たえず砂が上からほろほろ崩れ落ちて来て、径を埋めて谿へ落ちて行くのである。
登りつめて平かな砂路へ出た。道の行くては大きな黒い山の中腹目がけて打当って行くようになってい
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