ら先きは一と走り下り一方でさあ。」
「じゃ一所に行こう、老爺さん。」
「ええ、行きますべえ、ああ、どっこいしょ、山で日を送ってりゃ安気《あんき》なもんだ、あさっで[#「あさっで」に傍点]は久し振りで嬶《かかあ》の顔でも見ますべえかなあ……」
「老爺さんは今まで何処にいたんだえ。」
「何《な》に飛騨の山の中にいたんでさあ、飛騨なんて小っぽけな国でね、これから信州へ帰るんでさあ。」
「信州の方が好いかね。」
「そりゃ、国柄が違いまさあ、昔から飛騨は下々国といって、『飛騨の高山乞食の出場所』って、歌にもあるじゃありましねえか。」
「大変な気焔だね、山の中で何をしていたんだい。」
「なあに、大勢で木を伐《き》っていたんでさあ。」
「面白いだろうね。」
「若い奴ばかり集っておりますからね、ははははは。」
「寂しかないかね。」
「寂しいたって、お前様、仕方がねえ、せっせと稼じゃ、こうやって時々家へ帰るんでさあ。」
「他の者は?」
「他の奴らは未だ残っております、可愛《かわい》そうに、若い奴らだから女を恋しがって、ね、それでも、俺のいう事を聞いて黙って働いていまさあ……。」
 老爺は酒臭い息を吐きな
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