た雨が、笹の葉にたまっていて、脚絆までもびしょ濡れになる。見ると、行く手の藪の中にぬるでの葉がもう赤く染まって秋の景色をほのめかせている。
 一里、二里、熊笹の中を踏んで登る。樅の林が厚く茂って、いくら登っても果しがない。振り返って見ると、樅の樹間を透かして、山々の繞っている間に、稲の敷いている平地が処々に見える。
 夕日がきらきら雲間を洩れて射だした。うす青い、妙に澄んだ光が熊笹の上をすべる。樅の林がとぎれて少し明るくなるが、向うを見ると、まだ暗く厚く茂っている。その中に光が射し込んで縞を織っている。
 切り倒したのか、自ずと倒れたのか、古い大木が熊笹の中に横たわっている。その上を踏み越え踏み越え登る。峰から谿から雲が次第に分れて、光は乱射する。物象の変化が如何にも不思議を思わせる。
 ふと、行くての笹原の中で、何かうなる[#「うなる」に傍点]声がする。ぐう、ぐう、と断続して聞える。思わず立ち止った。「何だろう。」「何だろう?」と同じ問が四人の間に繰り返された。
 関《かま》わず進んで見ると何か笹原の中に横になっている。傍の大木が倒れたものの上には、脊負子が立て掛けてあって、衣服が丸
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