、太い掛樋《かけひ》で山から引いて来てある水で顔を洗い、全身を拭うと、冷かな山気が肌に迫る。仰ぎ見ると、紺青の濃い空の色が、四方に立ち込んでいる山々の頂きに垂れかかって、朝日は流れの向う側の、松山の一面を赤く照らしている。
今日は久振《ひさしぶ》りで市街のある所へ出られる。三、四日山の中ばかり歩いていたので、人家のある所が懐しい。今日は益田川の岸を下って高山の町へ這入るのだ。
日の光は次第に広く、峰から森、狭い谿、深い渓流の上までも射し込んで、目に入るものは皆透き通る位に鮮《あざや》かだ。山の下の細径は谿の上を繞り繞って行く。
西洞から三里ばかり下りると、浅井という村へ出た、信濃から来る県道|野麦街道《のむぎかいどう》は道幅が広く、電柱が遠く立ち並んでいる。久振りで知人に逢ったような気がした。
見座という村を通って、郡上根という小さな峠を越す。眼界がやや開けて稲田のつづいているのが目に這入る、この稲田のつづく果てに高山の町が立っているのだろう。ゴチャゴチャと不規則に立ち塞《ふさ》がっている山が次第に四方へ片づいて、人の住むべき地歩を少しばかり譲っているような気がする。
峠を越
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