の方から聞えて来るようで切角《せっかく》真暗い穴の中から這い出して来て、一生懸命で、その穴の縁に取りついて物音を聞いているが、ともすればその縋《すが》っている力を失って、またもとの穴の中へ落ち込んでしまいそうな気がする。
 話し声、馬の嘶きが一層はっきりして来た。室の中もうす明く見えだして、昨日の山路、今日の行くてのことが朧気《おぼろげ》ながら頭に浮んで来る。同行者も皆眼を覚ましているようだ。
 戸を開けて見た。
 爽《さわや》かな山国の朝の景色! 雲も霧も夜の間にすっかり晴れてしまって、松林の山がころび出たように眼の前に迫って、その裾を白い泡を立てて流が走って行く。
 青やかな草の香が鼻を襲う。見ると、直ぐ前の庭に刈って来たばかりの青草が山のように積んで地におろしてある。馬小舎に投げ込んで、馬に踏ませてから畑の敷肥に使うのだろう、馬は今までの重荷を急に卸《おろ》されて身軽になって、身体じゅうに波を打たせながら、何人も引かないのに、のそりのそり先きに立って歩いて行くと後から脊負子《しょいこ》を脊に、雪袴に草鞋穿《わらじば》きの若い男女がついて、家の角を廻って見えなくなった。
 庭へ下り
前へ 次へ
全36ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉江 喬松 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング