深く這入って行く。雲が晴れて日が次第に照らし出す。山風はいかにも涼しいが、前途の遠いのを思うとすこぶる心もとない。
桜沢、若神子《わかみこ》、贄川《にえがわ》、平沢の諸駅、名前だけは克《よ》く耳にしていた。桜沢以西は既に西筑摩郡で、いわば前木曾ともいうべき処である。これらの村々から松本の町へ出て来る学生がある。家から栗の実を送って来たといっては友人を集めてその御馳走をするのであった。その後では必ず「木曾のなあ――」という例の歌を唄って聞かせた。今では女の学生も出ている。同行者の一人の太田君は自分の教え子だと言ってその子の家へ立寄った。家の中は一ぱいに蚕棚が立てられていて、人のいる場所もない位。おとずれると、太い大黒柱の黒く光っている陰から老人の頭が見えて、その子は今桑摘みに行っていないがとにかく是非《ぜひ》休んで行けといって、連《しき》りに一行の者を引止めて茶をすすめながら、木曾街道の駅々の頽廃《たいはい》して行く姿をば慨歎《がいたん》して、何とか振興策はあるまいかといっていた。
奈良井の駅は川と鳥居嶺との間に圧せられたような、如何《いか》にも荒涼たる駅である。此処《ここ》から嶺へ
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