勝手に動いているのだ。
 御嶽は信濃に向っては大きな山であるが、飛騨に面しては殆ど垂直のように思われる。その深い峰の中腹を伝って下りて行くのである。何処まで行けば人里に出られるのかというような気がする。時計を見るともう四時だ。「ねえ君。これは四里や五里の道じゃないぜ。」「何里だか知らないが疲れてしまった。」雨中を六里は確かに下った。身に着けている物は一切濡れてしまった、マッチさえ火が付かない、煙草を吸う術もない。もう外部に対する勇気はなくなった。不平を口にする事すら出来ない、殆んど何処へ行くという考えもなく、また別に深い苦痛も感じない。無意識のままで、すたすたすたすた足を運んで行くばかりである。「人」だという感念すら失っている。
 路が漸く急に下って、林が尽きて草山に出た。局面の変化は多少の希望を繋がせるものである。遠くに瀬音が聞えだした、益田川の本流であろう。その瀬音を耳にすると一行は俄《にわか》に元気付けられた。雨もこの時小降りになって、鼠色の雲が峰から峰へ動いて行く。が、次第に夕暗が迫って来るのが感じられる。
 ふと路下の方で馬の嘶《いなな》く声がする。透して見ると草山の麓に黒い
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