そうだね、まあ西洞まで行かっしゃりゃ、宿屋はありましず、四里だね。」
「四里じゃ、一呼吸だ、路はどうだね。」「やはり今降りて御座《ござ》らっしたような……。」
「急かね。」「だが、いくらか違いましず。」
四里の峻坂、木の根を踏み越えて下るのか。一呼吸だと意張っては見たものの実は内々閉口していた。それに空はどうやら曇って来た。これで雨にでも合おうものなら愍然《あわれ》なものだ。二階から下りようと段々の処へ行くと、戸を立て切って上に小さな木札をかけて「林務官御室」としてある。かような家でも特別室があるのかと不思議な思がした。
入口の処へは今、里から食料を運ぶ男が着いたと見えて四、五人集ってわいわいいっていた。ぎょろっと片眼の飛び出した大男が腰をかがめて、かます[#「かます」に傍点]に這入っている青物など何かと調べていた。先刻の主婦もいる、六十ほどの老婆もいる。若者が二、三人いる。見ると、入口の柱に寄りかかって帯をだらりと垂らした十八、九の女が一人、娘とも思われないのが、蒼黒い土のような顔色をしている。疲れたような眼を挙げたが、またすぐ視線を地へ落してしまう。
「何だろう、え君。」一人が
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