ぱい、上から竹樋で引いた湯が、ざわざわざわざわと溢《あふ》れて流れている、アルカリー泉のようだ。
 草鞋《わらじ》を脱《ぬ》ぎ、衣服をぬぎ捨てて急いで湯へ飛び込む。柔《やわらか》な温《ぬく》よかな心持、浴槽の縁《ふち》へ頭を載《の》せ足を投げ出していると、今朝出立して来た田原の宿、頂上の白雲、急峻な裏山などは夢のようになってしまう。
 湯から出て、浴槽から直《す》ぐ荒蓙《あらござ》を敷いた二階へ昇る。戸もなく、荒板の儘《まま》だ。四人は蓙の上へ裸形のまま休んでいると、上り口の方から、髪を無雑作に束ねた女の顔が出て、
「何か食べさっしゃるかね。」という、その歯は黒く鉄漿《かね》で染めている。
「何か喰べるものがあるかね、川魚でも。」
「川魚なんかありましね、御飯と御汁とならありますし。」
「じゃ、それでも好い、急いで持って来ておくれ。」持って来たのは御飯といっても砂だらけ、御汁といっても煤臭《すすくさ》いようで、おまけに塩湯でも飲むようだ。山菜とかいって野生の菜を汁の味にしたものである。その飯はざらざらしていて、如何に空腹でも二杯とは食べられない。旅宿のある所まで何里あるかというと、

前へ 次へ
全36ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉江 喬松 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング