連中は道を間違えたのじゃなかろうか。」
「なーに大丈夫だ、間違いようもないから。」
「そうだね。」見合せた二人の顔は妙に蒼白かった。言葉も不思議に澄んでひびくし、話し合う気にもなれない。何だか、渓流のざわざわいうのが次第に高くなるようで、如何しても長く停止していられない所だ、また廻りくねって林中の径を走り出した。
 今度は前に比べると一層高く水声が聞えて来る。もう濁川の湯へ近くなったのではあるまいか。水声は聞えても中々林は尽きない。路の急な事も依然として急だ。一時間位も走ったかと思うと、川の縁に沿うて藁屋根が一つ目に這入った。ああ川は益田川の上流だ、家は濁川の湯だ、いよいよ飛騨の国へ来たのである。
 急いで川の岸を伝って行くと、危い橋を渡って家の前へ出た。前も後も急峻な樹木の山、この山に挟まれ渓流に向った一軒家、木材だけは巌丈《がんじょう》なものを用いて、屋根も厚く葺《ふ》いてある。
「やあ、遅かったね。」と出し抜けに声がする。
 驚いて見ると、左手の小屋の中からひょっくら頭を出した者がある。見ると先行者の一人である。
「早く来たまえ、好い心持だ。」近寄って見ると、かなり広い湯槽にいっ
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