落下しないために絶えず足を動かしていずにはいられない。止《と》め度《ど》なく飛び降りつづけるのである。ちょっと油断すれば先行者の姿は草か倒木の下に隠れて見失うのである。立ち止って「オーイ」と呼ぶと、遥か下の方で「オーイ」と答えるが、ただ声だけで、その声も妙に物凄く響く。樹林の中の空気も人の声を伝えた事は稀にしかないのだ。聞く者の耳も妙に変っている。この「オーイ」「オーイ」の応答が杜絶《とだ》えると、自分の心臓の鼓動が高く響くだけが気になる寂莫《せきばく》である。
 遠く下の方で谿流の響が耳にはいるが、降れども降れども中々達しない。おりてもおりても殆んど同じ垂直の径である。膝頭が痛くなり、眼も眩《くら》むように覚える。かような径を果して登る人があるだろうか、下り尽したら何処へ達するのだろう。水の音は何時までも同じ度合に聞えている。
 二、三里も下ったかと思うと、ふと渓流の音が近くに聞えて、路が右に一廻転する。深い草が開けて丸木を渡した谿川へ出た。もう人里も遠くなかろうと思って、倒木へ腰掛けて休んでいると、遅れた同行の一人が漸く追い付いた、先きへ行った二人の影は見えない。
「ねえ君、先きの
前へ 次へ
全36ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
吉江 喬松 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング