は通い手のない途だ。剣が峰を左手に仰いで池の岸から賽《さい》の河原という所を通る。一面の石原、大小千個ともなき焼石の原である。それでも幾年かの間、登山者の草鞋《わらじ》の当る所だけがすれて、少し隔《へだた》って見ると微《かす》かに白く一筋の道のようにはなっているが、近くその上へ行って見ると何処ともはっきりとは判らない、ただ所々に小石を積んで道しるべにしてあるのが、せめてもの目当である。
賽の河原は中々長い、雲の影が明るく暗くその上を照らして過ぐる。如何にも心もとない前途である。河原を上りつめると、一面急峻な偃松帯の中へはいる。径《みち》は一縷《いちる》、危い崖の上を繞《めぐ》って深い谿を瞰下《みおろ》しながら行くのである。ちょっとの注意も緩《ゆる》められない径だ、谿の中には一木も一草もない。ただ赤ちゃけた焼石が磊々としているばかり、水音も聞えない。渓の周囲には太古以来人間の足跡を印した事のない山が続々として群立している。ただ荒れている山だ。それでも次第に雲が晴れ渡って青空が晴朗に輝き暖気を増して来た。
一里ほども下ったかと思う頃、偃松の幾谿を越えて遠くの方に薄い煙が見える。「もう飛
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