れない現象である。が、刹那《せつな》に雲が開けると、乗鞍、槍ヶ岳一帯、この山からつづく峻嶺高峰、日本アルプスの連嶺の頂きが、今目さめたというようなように劃然と浮んで見える。この峰づたいに乗鞍の頂へも出る事が出来ると聞いた、風に吹かれ雲に包まれてこの絶頂無人の境を渉るのである。私は是非行って見たいと思った。
 しかし私らの今取ろうというのは、この峻嶺跋渉ではない、烈しい白雲の中を衝《つ》いていわゆる裏山を飛騨《ひだ》の国へ下りようというのである。
 飛騨路というのは峰の小屋から路を右手にとり、二の池の岸を繞《めぐ》って磊々《らいらい》たる小石の中を下って行くので、途《みち》というべき途はない。少し霧が深く、小雨でも降ろうものなら何《いず》れが路とも分らなくなるのである。峰の小屋の熊のような主は「危えぜ、克《よ》く気を付けて行かっせ、何でも右へ右へと、小石の積んだのを目当てに行きせえすりぁ大丈夫だ。」といったが、福島から付いて来た案内の強力も、二の池から山を少し下って裏山になりかかる所で分れて木曾の方へ戻ってしまった。
 御嶽の裏山! 年々飛騨路から多少の登山者はあるとは聞いたが、その他に
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