までも擴がつて、山に近い空は薄灰色にぼかされて一帶にどんよりしてゐる。
妙高は稍々右の方に當つて、峯が重り合つて奇怪な姿を見せてゐる。黒姫《くろひめ》は眞正面に雄大な壓倒するやうな勢で、上から見下してゐる。飯繩は左へよつて右肩からおろして來る一線を裾長く曳いてゐる。
高原地といふ感じをこの三山の連立してゐる地くらゐ、明かに與へる場所は他にない。富士の裾野でも、私達は廣い平野の中へ立つてゐるやうな感じはするが、自分等のゐる處が高い場所であるとは感じない。八ヶ嶽の麓には高原の感じは十分ある。けれども此の三山の裾のやうに、閉鎖せられ、瞰下せられ、サーカスへ入れられた馬のやうに、四方から山といふ巨人に見下されてゐるといふ感じはない。サーカスの中の馬の眼には、人達の塊團《かたまり》が恐ろしく見えるであらう。私達が、これ等の山の麓へ立つてゐるときは、如何にも自分等の小さなことが思はれる。明るい寂しい、空氣の澄んだ中で、丁度壜の中へ入れられた蟲が、人間の眼の働きを恐れるやうに、私達はこの明るい透徹した高原の大氣の中で、一種の恐怖を感じて身の周圍を見廻したくなる。
靜かな湖上から眺めやつた三山の
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