歩いてゐるのであらう。それは私には決して空漠たる願望でない。私にはその求めるものは、はつきりしてゐる。たゞそれの表はれる場所と、それの表はれるやうな自分の心構へとを得たいと思つて歩いてゐる。
霧が帽子の縁に突裂かれて、さあツ、さあツと音を立てるやうに思はれる。地上足の向いて行く三尺ぐらゐ前が目に入るだけになつた。今にもこの濃い霧が一時に崩れて雨となりはしまいか。でなければ、この霧が一時に凝結して動きのとれないものになつてしまひはしないか。そんな事を思ひながら歩いて行くと、今迄動かずに一層深く/\集つてゐた霧が次第に少しづつ流れ出した。濃淡の差別《けじめ》を見せて周圍に流れ出した。上の方へ、林の頂へ逃げるやうに昇つて行くもの、下の方へ、草叢の中へ低く爬ふやうに迷ひ込むもの、その中間を透して、豆畑や粟の畑や、草原の白樺の幹やがぼんやり見えて來る。農家が一二軒處々に立つてゐるのが目に入る。
太陽は、晝間見る月のやうに、たゞ薄白く、霧の薄れた中から形だけ見せるけれど、光をば散らさない。その形も見えたかと思ふと、直ぐ霧の中に隱れてしまふ。不圖鶯の聲が白樺の林の中から響いて來た。霧の中にこめら
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