沈默を守つて居たものの流動が始まる。湖水全體が一團となつて恐ろしい大きな渦紋《うづ》を卷くかと思はれる。恐ろしい唸り聲を立てるかと思はれる。周圍を繞らしてゐる崖を削り、突裂いても、脱れ出る途の方へ向ふ。見る/\その一箇所の缺け目は擴げられる。響きは四方へ反響して幾百年默してゐたものの爆聲を一時に立てる。水は郷土を求めて、廣い郷土を求めて、海へ向ふ。默してゐる水の不斷の盲動と、聲立てて走る水の小止みなき活動と、私は湖を出て、谿間の川へ下りる時、その不思議さを思はずには居られなかつた。
 關川の上流、妙高山の中腹に當る赤倉温泉から少し下つた處に、「地震の瀑」といふのがある。谿間を充たして來る水が、不意に懸崖の上へ滑り落されて、驚いて、幾丈となき其崖を飛び降りる處である。地軸を動かすやうな瀑布の響、それは水の驚きと喜びとを同時に見せる響である。一度動き出したなら瞬時も止まつて居らない水は、何物にも出逢つても、それを乘り越し、突き崩さずには居られない。默々として幾年の間でもそれ等の水は、機會を待つて領土を擴げてゐる。その領土の擴がり盡した時、其水は他へ向つて突出する。何物が其突出の力に抗するこ
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