と大声を挙げて呼んでゐる。
「見ろ、そんな処へ一人で行くせえだ、馬鹿」と、いひながら一人の男が立つて、その男の頸と左手へ手を掛けて、引き出した。右肩から下は一面の砂で、顔半分も砂がまみれ付いてゐる。「なんてざまだえ」と、皆笑つてゐる。その男は自分でも笑ひながら、右手の指でしきりに耳の砂を掘り出してゐた。
 砂塵の雨はしつきりなしに上から横から降りかゝつて来る。私達は風に背を向けながら横に歩いて行つた。ちよつと立ち止まると、前後左右を飛ぶ流砂の響、ひゆつ、ひゆつと寂しい鋭い音を立てゝ飛んで行く。見る/\足の爪先きに砂が高くなり、足を上げると、足跡が直ぐ半ば消えて細長い形になる。風に向かつては殆んど眼口が開かない。
 二人は小さな丘の蔭へ来て、頭だけ出てゐる黄枯《きながれ》た草の上へ腰をおろした。吹雪に出逢つた者のやうに、暫くの間、なりゆきに委せて外套の襟へ頸を埋めて眼を閉ぢてゐた。
 細かな目にもとまらないほどの無数の砂と砂とは、今空中に打ち合ひ擦れ合つて寂しい微妙な楽の音を立てゝゐる。何が寂しいといつて、この無数の流砂の立てる自然の楽の音ぐらゐ寂しい便りないものはなからう。ひゆつ、ひゆ
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