つと何ごとかを告げるやうに空中に鳴り渡る。夕闇の中に鳴く蝙蝠《かうもり》の声のやうに、或は頭の上に、或は肩越しに、或は膝のあたりに、耳もとに、或は足の下へ忍びより、一人の人間の居るのが何如にも邪魔さうに、何か不平をつぶやいてゐる。ひゆつ、ひゆつ、と鳴つてゐたのが、事ありげに大挙して海の方へ向つて行く。頭だけ出てゐる枯草は、圧せられて何者かの歩みゆく跡のやうに靡く。海の上まで行くと、砂はぷすう、ぷすう、と一定のリズムをなして水へ落ち込む。
 私達はまた立ち上つて、黙つて歩き出した。小さな藪や草叢が砂に埋まつてゐる。見上げると砂丘の頂に黒い人影が見える。仰いで眼を見張ると、石地蔵が赤い前垂を掛けて立つてゐるのであつた。
 落着いて海を眺める気にもなれなかつた。行く先きを見渡すと、遠く砂丘が連続してゐる。風を避け避けして砂丘の間を択んで小走りに走つてゐた。縦につゞく砂丘の間では砂の降るのも少く、草が高く伸びて、通つて来た後を振返つて見ると、二条の足跡が長くついてゐる。
 小高い丘の上へ出て遠く見渡すと、白ぢやけた砂浜に、浪が一せいに打寄せて来て、白く砕けてゐる。岬の果ての方は薄曇りがして、は
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