うな気がした。今朝見ると、明るい日の光の下に、それ等の旅館の裏二階の欄干や障子が松林の間からはつきり見えてゐる。
島と湖水と、その背後に迫つてゐる木立の深い山々の上を遠く隔てゝ、一列の雪の峰が雲際《うんさい》に漂渺と浮んでゐる。湖を隔てゝ見る遠い山の影、猪苗代湖の飯豊山《いひでさん》を思はせる。
「船頭さん、あの白い山は何て山だね」
「あれかね、何でも信州の山だが、名は知らねえね」
冷たい風はあの山の向ふから吹いて来るに違ひない。見やつたばかりでも皮膚に粟が出来る。私はまだ雪の消え尽くさない、高原地の黄に枯れた草原を思ひやらずには居られなかつた。花も咲かず、冷たい風がひとり、縦《ほしいまま》に吹き渡つてゐるのだ。
船は横波を受けながら、一条の灰色した砂洲を左に見ながら遅く進んで行く。その一条の砂洲が長く延びて、海の波の打ち込んで来るのを防いでゐる。沖へ沖へと吹く風で、寄せ来る波も高くはない。その砂浜の上へ低くまろんで悲しい音を立てゝゐる。遠い沖の果てには薄白い雲の群が、もや/\湧き上つて、勢よく伸びるでもなく、消えるでもなく、地平線上にたゝなはつてゐる。
船底は折り/\砂地へす
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