水が現はれて来るにつれて、晩潮は急な勢を以て攻め寄せて来た。
巌を飛び越え、砂地を踏んで一二町来たと思ふと、もうそれから先きは草鞋の足跡も犬の足跡も見えなくなつた。はつと思つて振返ると、S君は少し遅れて岩角の蔭に退く波を待つてゐるのか、姿が見えない。
一飛びとんで岩の間に挿まつてゐる流木の上へ跳ると、また崖下の石の上に足跡が二つ三つ残つてゐる。が、それから先は、波が青く淵をなして湛へてゐる。見上げると、崩れかかつた崖の肌が傷ましく出て、ほろ/\と小石が落ちて来る。途方に暮れて立つてゐると、S君が漸く流木の端へ両手をかけて爬《は》ひ上つて来た。脚絆も草鞋も濡れてゐる。
「先きへ行けませうか」と、不安気に訊く。
「さあ、といつて、もう後方へも引返されさうもないね。夕潮が寄せて来たんだ」
「困つたな」
「いつその事、崖へ上らうか」、「さうですね」
二人は暫く躊躇してゐたが、思ひ切つて私が先きに立つて、岩角を登り初めた。崩れ落ちた砂を踏み固めて足段をつくりながら、両手を岩角にかけて身を運んで行く。
意地悪さうに崖下の波は、刻一刻に高く打当つて来る。白い歯をむき出して、落ちたらば一浚《ひ
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