は、丁度私達のゐるあたりを中心として描き出した孤線の一端のやうに、周囲を見渡して尽く海だ。只眼前の海上に、山かと思はれる大きな島が浮んでゐる。人家の白い壁が、日に輝いて見える。神島だ。私はこの島から出京《で》て来た一人の少年が、海軍の軍人になりたいといつて毎晩語学を習ひに通つて来た事を思ひ出した。丸顔の色の白い元気な少年であつた。二つの鮹《たこ》が帆となり船となつて海上を走つて行く話や、鮑《あはび》取りの漁女《あま》が盥に乳含児をのせて置いて、水底から潜り出て来ては、太い息を吹きながら、その盥の片端を押へてその児に乳を呑ませる話などをして呉れた。そんな事を思ひ出して、私はぢつと神島に見入つてゐた。
広い波の面は熨《の》すやうに平かで、只私達のゐる巌角の下だけに烈しい争闘が行はれ、恐ろしい叫喚の響きがしてゐるばかり、それも大きな眺めに圧せられて、柔かな一定のリズムをなした楽の音のやうに聞きなされる。振返つて見ると、今まで通つて来た和地・小塩津一帯の伊良湖の裏浦には、純白の房を巻きたぐつて、陸地の胸へ少しでも遠く手を伸ばさうとあせるやうに、波が勢好く寄せて来る。
二人は石楠花《しやくな
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