れてしまふ。崩れ流るゝ波の一つに我が影を刻んで遠くへ流してやりたい。その波の自在な響を胸にとゞめて、常住の響としたい。からみつき、纒ひつく土着の生活があさましい。流れてやまぬ、海の自在さが求めたい。
 流木の上に腰を下して私は黙つて海に見入つてゐた。S君も側に並んで腰を下してゐたが、同じく黙つて一語も発しない。
 私達のゐる背後は、一帯に砂の丘をなして、その蔭には樟や竹や樫の一列の森が自らの防潮の林をなしてゐる。その丘の間から牛を連れた男が出て来て、浜辺に牛を放して、自分だけは砂の上へ身を横にしてゐる。牛は波打際をのそのそ歩いてゐるが、波がざぶんと打寄せると、不意に飛び出して、陸地の方へ馳ける、がまた寄つて来て波を浴びてゐる。
 日出《ひい》の浜には子供等が集まつて焚火をしてゐた。船底に藻草のついたのを火に焼くのが如何にも面白さうなので、子供等はその火の周囲にわい/\云ひながら飛び廻つてゐた。
 日出の岬の海中には巨きな岩が三つばかり波を浴びて立つてゐた。その岩の傍を、掛け声をしながら十五六人の船頭が漁船を漕いで行つた。岬の絶端を向ふ側へ磯伝ひに廻れるかと子供等に聞くと、「どうだか」と
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