あたり[#「あたり」に白丸傍点]やしないか」といふと、
「馬鹿言はつしやるな、あんべえ悪い時にや皆この牡蠣を食べるだ、それ、わんら[#「わんら」に白丸傍点]食へ」
 一人の小さな女の子に投げてやると、急いで拾つて、長く伸びた爪で肉を剥がしてつるりと口へ入れてしまつた。
 こは/″\ながら一つ貰つて、口へ入れて噛んだ。甘辛い鮮かな味はするけれど、気味は悪い。やうやく呑み込んだ。
 砂が深くて膝まで入りさうだ。きやつ、きやつと、何か大騒ぎをしながら波の中へはいつたり出たりしてゐる漁女《あま》達を後にして、岩の間を通つて行つた。白ちやけた貝殻の大きなのが処々に打上げられてゐる。
 小塩津《こしほづ》の浜まで十五町辿つて来ると、岩が無くなつて、砂浜が幅広く一帯につづいて日出《ひい》の絶端まで一望に見渡される。伊良湖の裏浜は最《も》う一里程で尽きるのだ。樅樹《もみのき》の太いのが打上げられてゐる上に腰を下して休むことにした。
 眼前に展開せられてゐる遠州灘、雲の峰はまだ起らないが、燻し銀のやうな色をした雲が水の果てにまろび光つてゐる。力強く引いてはあるが、柔かみのある空際の一線、午に近い日の光と
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