が言つた。二人は、顔を上げて家の中を見まはした。煤けた板戸の向ふでぶん/\絲を繰る手車の音が聞こえてゐた。炉の傍から二階へ登る階子段《はしごだん》がついてゐた。その段々の下の戸が開いて、食器のごた/\はいつて居るのが目についた。
「海は」と私は考へを転ずるやうに問ひかけた。
「海かね、海はすぐこの下で御座んす、此前の森の下が浜になつてゐるだね」
「漁はあるかね」
「いゝえ、かう荒れちや、からきし駄目だね。――これから何方へ行きなさるんだね」
「伊良湖へ行くんだがね、何里ぐらゐあるんだらう」
「伊良湖かね、五里ぐれえあるかね」「道は迷ひさうな処は無いかね」「道かね、道や何に、この前を真直ぐに行つて、なんでも左へ左へと海を見て行きや大丈夫だね、何なら浜へおりて、なるつたけ水際々々と歩いて行きや楽に行けるだね」
「こんな方を通る者はあんまり無いだらうな」。S君は口を入れた。
「さうさね。たいてい県道を福江《ふくえ》まで行くでね」
二人はその家を出て樹下《こした》の道を辿つて行つた。樟の樹、椿の樹がこんもりとトンネルのやうに茂つて、細い路の先きの先きまで見透される。その路の上をちよこ/\歩い
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