く元気もなかつた。
赤羽根へ出て「裏浜」を廻り、伊良湖村まで行くには八九里あると宿の番頭が来て話した。「何なら赤羽根まで人力でお出でになつては如何です、此処から四里の間は車がきゝますから」と付け加へた。
人力車で赤羽根まで行くことにした。
昨日ほどではないが、風が冷たく吹いてゐる。昨夜は月の光でぼんやりと、海の向ふかと思はれてゐた[#「思はれてゐた」は底本では「思はれてるた」]山影が田原の町の背後を繞らしてくつきり見えてゐる。知多湾の水は、その山の麓を切れ込んで、町の端まで蘆が生えた浅瀬になつてはいつて来てゐる。
車は県道の上を一里ばかり南へ走つてから右へと折れ込んだ。背後から追掛けて来る風は、半島を吹き越えて海へ海へと落ち込んで行くのだ。道に沿うて新墾地の寂しさを見せてゐる板小舎や、掘返された草土や、まだ鎌のはいらない藪や、松の樹の切り倒されたのや、それ等が続いて居るばかり、雲雀一つ鳴いてゐない。処々に零《こぼ》したやうに立つてゐる赭ちやけた砂山と、ひらみつくやうに生えてゐる樟《くす》や樫の森などの続いてゐる果てなる空、南の方は天《そら》が鶏卵《たまご》色に光を帯びて、その下
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