里ぐらゐある」といつたが、また黙つてゐる。「ええ、何里ぐらゐあるんだえ」と稍強くいふと、「知らねえ」と先の児が言つた。
風に背を向けてマツチを擦つて煙草に吸ひ付けた。
川土堤を一里も来たかと思ふと、向ふから荷を背負つた男が杖をつきながらやつて来た。路を訊くと、もう直ぐ先きが県道で、それから半里も行けば田原の町だと教えてくれた。
間も無く電線の走つてゐるのが目にはいつた。白い県道の上を月の光の下に、コト/\音をさせながら荷馬車が通つて行く。私達はほつと息をついた。県道の右手に当つて低いけれど山が見える。
田原の町には電燈が明るくついてゐて、賑かに人が往き来してゐた。草鞋をぬいで宿屋の二階で二人が向ひ合つた時は、生き更《かへ》つたやうな思ひがした。
風と争つて一日の旅は頭を重くしてしまつた。うと/\眠つてゐると、夢の中で、流砂が降り、風が鳴つてゐた。暖かな半島の旅を予想して、外套だけは雨の用意に着て来たが、手袋も持たず、襯衣《しやつ》も薄くして来た。手の甲がピリ/\痛み出し、顔は皺ばつた。二階を降りるに足は重かつた。田原の町は渡辺華山の生地で、その記念碑もあると聞いたが、見に行
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