たが、一《ひと》ツは荒れきツた胸に賑な町の空気でも呼吸させたらばと思ツたからだ。
 少時《しばらく》すると由三は、薄茶のクシャ/\となツた中|折《をり》を被ツて、紺絣《こんがすり》の單衣《ひとへ》の上に、丈《たけ》も裄も引ツつまツた間に合せ物の羽織を着て、庭の方からコソ/\と家を出た。何やら氣が退《ひ》けて、甚く其處らを憚りながら、急足で長屋の通路を通り抜けると……兩側に十軒の長屋が四軒まで空家《あきや》になってゐて、古くなツた貸家札は、風に剥がれて落ちさうになツてゐた。井戸の傍《わき》を通ると、釣瓶も釣瓶|繩《たば》も流しに手繰り上げてあツて、其がガラ/\と干乾《ひから》びて、其處らに石|灰《ばい》が薄汚なくこびり[#「こびり」に傍点]付いてゐた。
 避病院の横手を通ツて、少し行くと場末の町となる。其處で病院に擔込む釣臺に出會《でツくわ》した。石灰酸の臭がプンと鼻を衝《つ》く。由三は何んとも謂はれぬ思をしながら、と、振向いて見ると、蔽の下に血の氣を失ツた男の脚が見えた。足の裏は日に照ツて変に白くなツてゐた。少時《しばらく》行くと、路の兩側に墓場がある、××寺第三號墓地と書いた札などが
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