上《あが》りざま母親はと見れば、二畳に突ツ俯したまゝスウ/\鼾《いびき》を立てゝゐる。神棚、佛壇、時計すらない家は荒涼してゐた。
由三は何がなし小腹が立ツて來て、「阿母さん。」
と慳貪[#「慳貪」は底本では「慳貧」]に呼掛けた。そしてツト立起りながら、ドシンと畳を踏鳴らした。別に用もなかツたが、たゞ起きてゐて貰ひたかツたのだ。フラ/\と椽に出て見る。明《あかる》い空《そら》、明い空氣、由三は暗い心の底の底まで照らされるやうな感じがした。
「出掛けて見やうかナ。」
と思ツて机《つくゑ》の前へ引返すと、母親は鈍《にぶ》い眼光《まなざし》で眩《まぶ》しさうに此方《こツち》を見ながら、
「何けえ。」とノロ/\いふ。
「何ツて、もう晝寢《ひるね》をする時節でもないでせう。」と皮肉に謂ツて、「私、些《ちよつ》と本郷まで行ツて來ますよ。」
「本郷まで……、何《なに》しにノ。」
「肉でも購ツて來やうと思ツて…。」
「肉をナ。」
「え、少時《しばらく》肉の味を忘れてゐますからね。」
由三の眼には今肉屋の切臺の上にある鮮紅な肉の色がハッキリと見えて、渇いた食慾は切に其を思ふ。で思切ツて家を出ることにし
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