てから十四年にもなる。母親には故郷が甚だ遠くなツてゐた。で自分にも告々と老が迫ツて來るのにつれて、故郷の老母を思ふ情が痛切になツて、此の四五年|北《きた》の空《そら》をのみ憧れてゐる。由三は能く其の心を了解してゐた。そしてウンと氣張ツて、歸國させるだけの金を作らうと奮發しても見るのであツたが、何時も何か眼前の事情に計画を崩されて其が成立たずに了ふ。一《ひと》ツは底疲《そこづかれ》のしてゐる由三の根氣の足りぬ故《せい》もあツたらう。近頃では、由三はもう、歸國させるといふことを考へるのも懶《ものう》くなツた。其を考へたり言出されたりすることが嫌《いや》で/\耐らぬ。して何うかすると母親の顔を見るさへ不快でならぬこともあツた。
話が途断れると、屋根の上をコト/\と鴉の歩き廻る音がする……由三は鉛《なまり》のやうな光彩《ひかり》すらない生涯を思浮べながら、フト横に轉がツた。天床、畳、壁、障子、襖、小さな天地ではあるけれども、都《すべ》て敗頽《はいたい》と衰残《すゐざん》の影が、ハツキリと眼に映る。と氣が激しく燥々《いら/\》して來て凝如《じツ》としてゐては、何か此う敗頽の氣と埃とに體も心も引
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