出した。「此うしてゐて何うなるのだ。」と謂ツたやうな佗しい感じが、輕く胸頭《むなさき》を緊付《しめつ》ける。
 母親は何やらモゾクサしてゐて、「私《わし》もナ、ひよツとすると、此の冬あたりは逝《い》くやも知れンてノ。」と他言《ひとごと》のやうに平気でいふ。
 由三は恟《ぎよ》ツとして眼を啓けた。
「え、何うして?……」と詰《なじ》るやうにいふと、
「理窟はないけれどナ、何んだか其様な氣がしてならんでね。」
「今死んで何うするんです。」
「何うするツて、壽命なら爲方《しかた》がないではないかノ。」
と淋しく笑ふ。成程然ういふ母親は、此の秋口から慢性の腎臓病に罹ツて、がツくり弱込《よわりこ》むで來た。顔にも手足にも、むくみ[#「むくみ」に傍点]が來て、血色も思切ツて悪くなツた。で何事に依らず氣疎《けうと》くなツて、頭髪《かみ》も埃に塗《まみ》れたまゝにそゝけ[#「そゝけ」に傍点]立ツて、一段と瘻《やつれ》が甚《ひど》く見える。そして切《しきり》と故郷を戀しがツてゐる。國には尚だ七十八にもなる生みの母が活きてゐるのでお互に達者でゐる間《うち》に一度顔を合はせて來たいといふのであツた。
 別れ
前へ 次へ
全31ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング