「大丈夫ですよ。赤痢といふものは、氣を付けてさへゐたら、決して罹りもしなければ、傳染するものではありません。」
「然うかノ。」
と謂ツて母親は黙ツて了ツた。隣りの婆さんといふのは、赤痢に罹ツたのを一週間も隱匿《かく》してゐて、昨日の午後避病院に擔込《かつぎこ》まれたのであツた。避病院は、つい近所にある。坐ツてゐても消毒室の煙突だけは見える。
「嫌だノ。」と母親はまた心細さうに、「今年は能く人が死なツしやるナ。気候の悪い故でもあるかノ。」
と謂ツて小聲で念佛を稱へる。
「そりや死にもするけれど、生れた家《とこ》も随分あるさ。」
と由三はお産のあツた家《うち》を六軒ばかり數へた。そして、「此の長屋中にだツて、春から三人も生れたぢやありませんか。」
と言《い》足した。近所から傳染病が出た故《せい》でもあることか、其處らに人が住むでゐるとは思はれぬやうに静だ。其の静な中《なか》に、長屋の隅ツこの方から、トントン、カラリ……秋晴の空氣を顫はせて、機《はた》を織る音かさも田舎びて聞えて來る。
由三[#「由三」は底本では「山三」]は眼を瞑《つぶ》ツて、何んといふ纒《まとまり》のないことを考
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