て、正體がないからだ。
 今日も由三は十一時頃に起きて、其から二三時間もマジリ/\してゐて、もう敷島の十二三本も吸ツた。吸殼は火鉢の隅に目立つやうに堆《かさ》になツて、口が苦くなる、頭もソロ/\倦《たる》くなツて來て、輕く振ツて見ると、后頭が鉛でも詰めてあるやうに重い。此うなると墨を磨るのさへ懶《ものう》い、で、妄《むやみ》と生叺《なまあくび》だ。臺所|傍《わき》の二|畳《じよ》でも母親が長い叺をする……眼鏡越しに由三の方を見て、
「隣りのお婆さん、何うなすツたかナ。」と獨言《ひとりごと》のやうにいふ。返事がなかツたので、更に押返して
「亡《な》くなツたかナ。」
 と頼りなげな聲だ。
「何うだツて可いぢやありませんか、他《ひと》のこと。」
 由三はうるさ[#「うるさ」に傍点]ゝうに謂ツて、外《そと》を見る。青《あを》い空、輝く日光《にツくわう》……其の明い、静な日和《ひより》を見ると、由三は何がなし其の身が幽囚でもされてゐるやうな感じがした。
「でも怖《こわ》いからノ。」と母親は重い口で染々《しみじみ》といふ。
「氣を付けてさへゐたら大丈夫です。」
「其は然うだがノ。」と不安らしい。

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