悔《くい》られもする。かと思ふと、故郷に歸ツてゐた頃、切りと綾さんのことを思出してゐた其の時分のことが懐しいやうにも思ツた。
 また小時フラ/\と歩續けた。そして林町から巣鴨通に抜けて、瘋癲病院の赤煉瓦の土塀に沿ツて富士前に出た。動坂に入ると、其處らがもう薄々と黄昏れて、道行く人の吐く息が目に付いた。霧の深い晩景《ばんがた》であツた。高い木立の下を抜けると、家並が續く。冷たさうな火影が、ボンヤリ霧の中にちらついて、何《ど》の家もひツそりしてゐた。由三は腹をペコ/\に減らして、棒のやうになツた足を引摺りながらコソ/\と町を通ツた。そして何んの爲に的もなくウロ/\歩き廻ツたかを疑ひながら長屋の總門を入ツた。何んだか穴にでも入るやうな心地がした。地はしツ[#「しツ」に傍点]とり濕ツて、井戸のあたりには灰色の氣がモヤ/\と蒸上ツてゐた。其の奥の方に障子に映した火光《あかり》が狐色になツて見えた。荒涼の氣が襲ふ。
 家に入ツた。尚だ洋燈も灯さずにあツて、母親は暗い臺所で何かモゾクサ動《うご》いてゐた。向ふの家の臺所から火光が射《さ》してゐて、其が奈何にも奥深く見えた。其の狹い區域にも霧の色が濃《
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