頽の氣の漂ツた家に歸ると、何時でもドン底に落込むだやうな感じがする……其の感じが嫌だ!で外《そと》さへ出ると、少時でも其の感じから脱れてゐやうとする。今日も其だ。由三は無意味に神樂殿の額を見たり、拜殿の前に突ツ立ツたり、または白旗櫻の碑を讀むだりして時を経てゐた。そしてもう何も見る物もなくなツた時分に、ウソ/\と森を出て、御殿町の方へ上ツた。其から植物園の傍の道《みち》を通ツて氷川田圃に出た。只ある工場の前に出ると、其は以前鉛筆を製造する工場であツたことを思出した。そして其の門、其の邊の路、何れも綾さんが毎日通ツた其であることを思ツた。たゞ思ツただけだ。由三は何がなし其の乾いた心が悲しくなツた。
 フト軽い寒氣が身裡《みうち》に泌みた。見ると日光《ひかげ》は何時か薄ツすりして、空氣も空《そら》も澄むだけ澄みきり、西の方はパツと輝いてゐた。其處らには暗い蔭が出來た。由三はブラ下げてゐる肖像畫の重《おも》みが腕にこたへ[#「こたへ」に傍点]て來て、幾度か捨て了ふか、さらずば子供にでも呉れて了はうかと思ツた。で今更なけなし[#「なけなし」に傍点]の錢をはたい[#「はたい」に傍点]て購ツたのが
前へ 次へ
全31ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング