只其の後《あと》について挨拶するだけであツた。で由三は、餘りに綾さんの世馴《よな》れた所置振り、何んとも謂はれぬ一種の不快を感じた。其でも左《と》に右《かく》話が定《きま》ツて、由三の一家は直《すぐ》に其の家へ引越した。して其の當座、兩人はこツそり[#「こツそり」に傍点]其處らを夜歩きしたり、また何彼《なにか》と用にかこつけて彼方《あツち》此方《こツち》と歩き廻ツて、芝居にも二三度入ツた。其は然し、二月ばかりの間で、兩人の関係は何時とはなく疎々《うと/\》しくなツた。其でも綾さんは毎日のやうにやツ[#「やツ」に傍点]て來て、母や妹と一ツきりづゝ話して歸ツた。何うかすると工場の歸りだとか謂ツて、鉛筆の心《しん》の粉《こな》で手を眞ツ黒にしながら、其を自慢にしてゐるやうなこともあツた。兩手共荒れて皹《ひゞ》[#「皹」は底本では「暉」]の切たやうになツて、そしてカサ/\してゐた。言《ことば》にしろ姿にしろ其の通で、何んでもあけすけ[#「あけすけ」に傍点]にさらけ出して、世帯の苦しいことが口に付いてゐた。で臆面もなく米も借りに來れば小遣も借りに來た。此方に都合があツて、質屋の事でも相談すると、
前へ 次へ
全31ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング