オイソレと直[#「直」は底本では「値」]に受込むで、サツサと自分で出掛けて來て呉れる、見得も外聞もあツたものでない、此方で頼むのに極の惡いやうなことでもいふと、
「何有、何處のお家《うち》だツて然うですわ。幾ら玄関を張ツてゐらしツても、此の邊のお家で質屋の帳面の無い家と謂ツたら、そりや少ないわ。」と低聲《こごえ》に謂ツて、はしやいだ笑方《わらひかた》をする。
 綾さんは近所の家の世帯を軒別に能く知抜いてゐた。そして其家《そこ》此家《こゝ》の質使をすることを平氣で吹聴した。かと思ふと茶屋女のやうな、嫌味《いやみ》に意氣がツた風をして、白粉をこツてり塗りこくツて、根津や三崎町あたりの小芝居に出てゐる役者の噂をしてホク/\してゐることもあツた。蔭沙汰では根津の下廻りの後《あと》を追駈け廻してゐるといふことも聞いた。
 氷店は春の間《うち》ひツそりとして、滅多と人の入ツてゐることがなかツた。母親は能く居眠をしてゐる、父は何時も火鉢の傍で煙草を喫しながらゴボ/\咳《せき》をしてゐる、芳坊は近所の男の子の仲間に入ツて、カン/\日の照付ける大道《だいだう》で砂塗《すなまぼし》になツて遊んでゐた。が夜
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