が、綾さんは屡《よ》く叔父の家に來た。綾さんの父は、川越の藩士で、明治七八年頃からづツと逓信省の腰辨は腰辨でも、其の頃の官吏[#「官吏」は底本では「官史」]だからナカ/\幅も利けば、生活も樂にしてゐたらしい。處がフト事業熱に浮かされて、麥酒釀造の仲間に加はツた。合同資本と謂ツても、其の實《じつ》田舍から出たての叔父と綾さんの父とが幾らか金を持ツてゐたゞけて、後《あと》は他《ひと》の懐中《ふところ》を的《あて》の、ヤマを打當《ぶちあて》やうといふ連中の仕事だ。其の道の技師を一人《ひとり》雇ふでもないヤワな爲方《しかた》で、素人の釀造法は第一回目からして腐ツて了ツた。それで叔父も財産を煙にして了へば、綾さんの父も息《いき》ついて、會社は解散。綾さんの家は西方町の椎の木界隈の汚《きたな》い長屋に引込むで、一二年は恩給で喰ツてゐたが、それでは追付《おつ》かなくなツて、阿母さんの智慧で駄菓子屋を始めた。其でも綾さんは尚だ何時も紫のメレンスの羽織を着て、頭髪《かみ》から帯、都て邸町の娘風《むすめふう》で學校に通ツてゐた。加之《それに》顔立《かほだち》なり姿なり品の好い娘《こ》であツたから、設《よし
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