出來が何うのと、クド/\と解らぬ講釋を並べて、「拾錢もお減《ひ》き申して置きませうかね。」と無愛想にいふ。
「拾錢ぢや爲樣がない、八拾錢で可いだらう。」とぐづ[#「ぐづ」に傍点]ついていふ。
「ぢや、もう拾錢購ツて下さい。」
 それで相談が纒《まとま》ツて、由三は殆ど蟆口の底をはたい[#「はたい」に傍点]て昔の女の肖像畫を購取ツた。そして古新聞で畫面を包むで貰ツて、それをブラ下げながらテク/\歩《ある》き出した。氣が妙に浮《うは》ついて來て、フワ/\と宙でも歩いてゐるかの心地《ここち》。で車の響、人の顔、日光に反射する軒燈の硝子の煌《きらめ》き、眼前にチラ/\する物の影物の音が都て自分とは遠く隔《へだ》ツてゐるかと思はれる。彼《あれ》や是と思出が幻のやうに胸に閃く。彼は其を心に捕《つかま》へて置いて、熟《じツ》と見詰めて見るだけのゆとり[#「ゆとり」に傍点]とてもなかツた……、閃めき行くまヽだ。
 女は綾さんと謂ツた。始めて知ツたのは由三が十四五、女が十一二の頃で、其の頃由三は叔父《をぢ》の家に養はれてゐた。叔父は其の時分五六人の小資本家と合同して、小規模の麥酒釀造會社を經營中であツた
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