頬《ほほ》、鼻、口元、腮《あご》、都《すべ》て低く輪廓が整ツて、何處か何んとかいふ有名な藝者に似て豊艶な顔だ。
「あヽ、那女《あれ》だ……」と由三の胸は急にさざめき[#「さざめき」に傍点]立った。
 確に昔の女の顔だ。で由三は些と若い息《いき》でも吹込まれたやうな感じがして、フラ/\と裡《なか》に入《はい》ツた。微《かすか》に手先を顫はしながら、額を取上げて、左見右《とみか》う見してゐて、
「こりや若干錢《いくら》だね。」と訊ねた。聲が調子|外《はづ》れて、腦天《なうてん》からでも出たやうに自分の耳に響いた。
「其ですかえ、そりやね。」と些と言《ことば》を切ツて、「一圓卅錢ばかりにして置きませう。」と賣ツても賣らなくつても可《い》いといふ風で、火鉢の傍を動かずに此方《こつち》を見てゐる。年の頃四十五六、頬の思切つて出張《でば》ツた、眼の飛出した、鼻の先の赭い、顏の大きな老爺《おやぢ》だ。
「フム。」と少時《しばらく》黙ツてゐて、「負からんかね。」
「然うですね、澤山《たんと》のことは可けませんが……」とシブ/\立起《たちあが》ツて店に下りて來た。額を手に取ツた。して額椽の箔が何うの畫の
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