出來が何うのと、クド/\と解らぬ講釋を並べて、「拾錢もお減《ひ》き申して置きませうかね。」と無愛想にいふ。
「拾錢ぢや爲樣がない、八拾錢で可いだらう。」とぐづ[#「ぐづ」に傍点]ついていふ。
「ぢや、もう拾錢購ツて下さい。」
それで相談が纒《まとま》ツて、由三は殆ど蟆口の底をはたい[#「はたい」に傍点]て昔の女の肖像畫を購取ツた。そして古新聞で畫面を包むで貰ツて、それをブラ下げながらテク/\歩《ある》き出した。氣が妙に浮《うは》ついて來て、フワ/\と宙でも歩いてゐるかの心地《ここち》。で車の響、人の顔、日光に反射する軒燈の硝子の煌《きらめ》き、眼前にチラ/\する物の影物の音が都て自分とは遠く隔《へだ》ツてゐるかと思はれる。彼《あれ》や是と思出が幻のやうに胸に閃く。彼は其を心に捕《つかま》へて置いて、熟《じツ》と見詰めて見るだけのゆとり[#「ゆとり」に傍点]とてもなかツた……、閃めき行くまヽだ。
女は綾さんと謂ツた。始めて知ツたのは由三が十四五、女が十一二の頃で、其の頃由三は叔父《をぢ》の家に養はれてゐた。叔父は其の時分五六人の小資本家と合同して、小規模の麥酒釀造會社を經營中であツたが、綾さんは屡《よ》く叔父の家に來た。綾さんの父は、川越の藩士で、明治七八年頃からづツと逓信省の腰辨は腰辨でも、其の頃の官吏[#「官吏」は底本では「官史」]だからナカ/\幅も利けば、生活も樂にしてゐたらしい。處がフト事業熱に浮かされて、麥酒釀造の仲間に加はツた。合同資本と謂ツても、其の實《じつ》田舍から出たての叔父と綾さんの父とが幾らか金を持ツてゐたゞけて、後《あと》は他《ひと》の懐中《ふところ》を的《あて》の、ヤマを打當《ぶちあて》やうといふ連中の仕事だ。其の道の技師を一人《ひとり》雇ふでもないヤワな爲方《しかた》で、素人の釀造法は第一回目からして腐ツて了ツた。それで叔父も財産を煙にして了へば、綾さんの父も息《いき》ついて、會社は解散。綾さんの家は西方町の椎の木界隈の汚《きたな》い長屋に引込むで、一二年は恩給で喰ツてゐたが、それでは追付《おつ》かなくなツて、阿母さんの智慧で駄菓子屋を始めた。其でも綾さんは尚だ何時も紫のメレンスの羽織を着て、頭髪《かみ》から帯、都て邸町の娘風《むすめふう》で學校に通ツてゐた。加之《それに》顔立《かほだち》なり姿なり品の好い娘《こ》であツたから、設《よし
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