、目的ともしてゐたのだが。」と考へて來て、忌々《いま/\》しさうに地鞴《ぢたゝら》を踏みながら、
「何うして?……え、何うして林檎が喰ひたいのだ。そりや林檎は、血の糧《かて》だ! 血の糧には違ないが、其の血が脈管に流動するといふことが、軈《やが》て人間の苦惱を増進させるのぢやないか。」
氣が付くと彼は何時か、解剖室の入口から少し外れて傍の方へ――其のまゝ眞ツ直に進むだら、楢《なら》や櫟《くぬぎ》の雜木林へ入ツて了ふ方向に、フラ/\と、恰《まる》で氣拔でもした人のやうに歩いて行く。一平は、解剖室の窓から、妙な顏を突出して、不思議さうに風早學士の樣子を眺めてゐた。學生等は、大概其樣な事には頓着しないで、ヅン/\解剖室へ入ツて行く。
人が足を踏入れぬところは、何處でも雪の消えるのが後れるものだ。風早學士は、何時の間にか其の雪の薄ツすりと消殘ツてゐる箇所《ところ》まで來て了ツた。管《かま》はず踏込むで、踏躙《ふみにじ》ると、ザクザク寂《しづか》な音がする……彼は、ふと其の音に耳を澄まして傾聽した。ふいと風が吹立ツて、林は怯《おび》えたやうに、ザワ/\と慄《ふる》へる……東風《こち》とは謂へ
前へ
次へ
全43ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三島 霜川 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング