かりの間、天氣さへ好かツたならば、風早は其處に林檎を賣る少女の顏を見たのであツた。唯顏を見て心を躁《さわ》がせてゐたばかりで無い、何時か口を利《き》き合ふことになツて、風早は其の少女が母と兩人《ふたり》で市の場末に住ツてゐる不幸な娘であることも知ツた。
處が一週間ばかり前から、不圖此の少女の姿が橋際に見えなくなツた。風早學士の失望は一と通で無い、また舊《もと》の沈鬱な人となツて、而も其の心は人知れぬ悲痛に惱まされてゐた。彼は其の惱を以て祖先の遺傅から來た熱病の一種と考へ、自ら意志を強くして其のバチルスを殲滅《せんめつ》しようと勤めて而して※[#足扁に「宛」、第3水準1−92−36、230−中段12]《あが》いてゐた。
* * *
解剖室に入るべき時間は疾《と》うに來たのであるが、風早學士は何か調べることがあツて、少時《しばらく》職員室にまご[#「まご」に傍点]/\してゐた。軈《やが》て急に思付いたやうに、手ばしこく解剖衣を着て、そゝくさ[#「そゝくさ」に傍点]と職員室を出て廣ツ場を横ぎツて解剖室に向ツた。其の姿を見ると、待構へてゐた學生等は、また更に響動《
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