まも》りながら、「大きいのが可いかね、それとも小さいのになさるだかね。」
「大きいのを呉れ……一番大きなのを一ツ。」
「お擇《よ》ンなツたが可い!」
と投出すやうに謂つて、莞爾《にツこり》する。片頬に笑靨《ゑくぼ》が出來る。
「ま、何《どれ》でも可いから好ささうなのを一ツ呉れ。」といふと、
「然うかね。」と少女は、林檎を見※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、230−上段15]して、突如一つ握ツて、「此《こゝ》らが、ま、好いとこだね。」
「宜からう。」と頷《うなづ》いて、風早學士は林檎を一ツ購《か》ツた。そして彼は、此の少女に依ツて、甚だ強く外部からの刺戟を受けたのであツた。
此の朝からして、その橋際は風早に取ツて無意味な處では無くなツて了ツた。そして此の朝を始めとして、風早は毎日此の少女の林檎を購ツた。何故か其數は一ツと定ツてゐた。それからといふものは、風早は毎朝其の橋を渡りかけると、柔《やはらか》な微笑が頬に上《のぼ》る。氣も心も急に浮々して、流の響にも鳥の聲にも何か意味があるやうにも感じられ、其の冷い心にも不思議に暖い呼吸が通ふかと思はれるのであツた。此くして以後三月ば
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