すると燦爛たる光を放つ……霧は淡い雲のやうになツて川面を這ふ……向ふの岸に若い婦《をんな》が水際に下り立ツて洗濯をしてゐたが、正面《まとも》に日光を受けて、着物を搾《しぼ》る雫《しづく》は、恰《まる》で水晶のやうに煌《きらめ》く。其の影はカツキリと長く流に映ツてゐた。兩岸の家や藏の白堊《はくあ》は、片一方は薄暗く片一方はパツと輝いて、周圍《ぐるり》の山は大方雪を被《かぶ》ツてゐた。
 此の光彩ある朝景色も、風早學士に取ツて、また何等の意味も價値も無いものであツた。それで機械的に一とわたり、ざツと其處らを見※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、229−下段4]して、さツさ[#「さツさ」に傍点]と橋を渡ツて了ツた。
 何處でも市中の橋際には、大概柳と街燈とを見受けるものだ。此の橋際にも其がある。柳はもう一とひらの葉も殘してゐなかツた。其の柳の下に、十五六の年頃の少女が林檎を賣ツてゐた。林檎は、背負籠の上に板を置いてコテ[#「コテ」に傍点]を並べてあツた。
 其は偶然の出來事ではあツたが、風早學士は不圖此の少女に眼が付いた。少女は、北國の少女に屡《よ》く見受ける、少し猫背のやうな體格で
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