臭だと謂ツてゐた。
彼は此の臭を嗅ぎながら橋を渡りかけた。流は寒煙に咽《むせ》んで淙々と響いてゐた……微な響だ。で、橋板を鳴らす大勢の人の足音に踏消されて、大概の人の耳には入らなかツた。雖然《けれども》悠長な而《そ》して不斷の力は、ともすると人の壓伏に打勝ツて、其の幽韻は囁《さゝや》くやうに人の鼓膜に響く。風早學士は不圖《ふと》此の幽韻を聞付けて、何んといふことは無く耳を傾けた。それからまた何んといふこと無く川面《かはづら》を覗込むだ。流は橋架《はしげた》に激して素絹の絡《まつは》ツたやうに泡立ツてゐる。其處にも日光が射して薄ツすりと金色《こんじき》の光がちら[#「ちら」に傍点]ついてゐた。清冽《せいれつ》な流であツた。
川面の處々に洲《す》があツた。洲には枯葦が淋しく凋落の影を示《み》せてゐて、埃《ごみ》や芥《あくた》もどツさり[#「どツさり」に傍点]流寄ツてゐた。其の芥を二三羽の鴉が啄《つゝ》き※[#「廻」の正字、第4水準2−12−11、229−中段21]し、影は霧にぼか[#「ぼか」に傍点]されてぽーツと浮いたやうになツて見えた。流の彼方《あツち》此方《こツち》で、何《ど》うか
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