り》、または藝者や素敵な美人や家鴨《あひる》……引ツ括《くる》めていふと、其等の種々の人や動物や出來事が、チラリ、ホラリと眼に映ツてそして消えた。
 雖然《けれども》其等の物の一つとして、風早學士の心に何んの刺戟も與へなかツた。風に搖れるフラフ、または空を飛ぶ鳥を見るやうな心地《こゝち》で、冷々として看過した。
 其の朝も其の通で。
 霧は深かツたが、空は晴渡ツて、日光は燦然《さんぜん》として輝き、そして霧と相映じて鮮麗な光彩を放ツてゐた。彼は二三度空を見上げたが、ただ寒さは感じたばかりで、朗な日光にも刻々に變化して行く水蒸氣《ガス》の美觀にも少しも心を動かされなかツた。初冬の雨上りの朝には、屡《よ》く此樣な光景を見るものだと思ツただけである。そして何時か、此の市《まち》の東の方を流れてゐるS……川に架《か》けられた橋の上まで來た。此の橋の近傍は此の市の一方の中心點となツてゐるので、其の雜踏は非常だ。何處からと無く腥《なまぐさ》いやうな溝《どぶ》泥臭《どろくさ》いやうな一種|嫌《いや》な臭が通ツて來て微《かすか》に鼻を撲《う》つ……風早學士は、此の臭を人間の生活が醗酵《はつかう》する惡
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