はあるまいし、誰にしたツて舌に快味を感ずるばかりで其樣な眞似が出來るもので無い。そこで其の事件が職員室で「林檎の謎」といふ問題となツた。
「自然の謎」を探る生物學者は其の同僚から「林檎の謎」を探られるやうになツた。さて此の謎は、風早學士が外部から受けた刺戟の反應で、此の反應に依ツて、風早學士の内部に非常な變動があツた。實をいふと學士は、此の町に來てから、其の峻烈な寒氣も、其の莊重な自然も、また始終《しよつちゆう》何か考へてゐるやうな顏をしてゐる十萬に近い町の民も、家も樹も川も一ツとして彼の心を刺戟する物が無かツた。彼の心は、例に依ツて淋しくも無ければ、賑《にぎやか》でも無かツた。で讀書と思索とが彼の友となツて格別退屈もせずにゐた。
 然るに或る霧の深い朝のことで。風早學士は、外套の襟《えり》を立て、肩を竦《すく》め白い息を吐きながら、長い脚に靴を穿《は》いて家を出た。そして何時ものやうに、「人間の爲ること考へてゐることに要領の得ぬことが多い。」などと考へながら、泥濘《ぬか》ツた路をベチヤンクチヤン、人通の少ない邸町から==[#2文字分のつながった2重線]其處には長い土塀が崩れてゐたり、
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