、心臟の休息と共に凝血して了ふから、一滴の血も出ない。先づ腹部を切開して、それから胸腔に及んで、内臟の全くを露出する……膓でも、胃でも、腎臟でも、膀胱でも、肺でも、心臟でも、または動脈でも靜脈でも、筋《きん》でも骨でも、神經でも靭帶《じんたい》でも、巧に、てばしこく[#「てばしこく」に傍点]摘出しまた指示して、そして適宜に必要な説明を加へる。幾ら血が出ぬからと謂ツても、我々人間の内臟は、色でもまた形でも餘り氣味の好《い》いものでは無い……想像しても解る。人間の筋肉は、鮮麗な紅色を呈して美しい色彩のものではあるが、何故か我々人間に取ツて何等の美感を與へられる性質のもので無い。理窟は別として、人間の生活慾は、牛肉を快喫する動物性はあツても、人間の感情は、ただ一片の同胞の筋肉を見ても悚然《ぞツ》とする。況《ま》して其の筋肉を原形のまゝで、筋肉と混同《ごツちや》になツて、白い骨を見たり、動脈を見たり靜脈を見たり、また胃の腑の實體や膓のうじや[#「うじやうじや」に傍点]/\したところを見ては、奈何《いか》に氣強い者でも一種嫌惡の情に打たれずに居られない。されば始めて實驗解剖を見た者は、大概二三度
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